Karenのブログ

Karenの好きな事を好きなだけ書いていく。

【現役・浪人時代】リケジョになるまで -Part2-【受験】

かれんです。
7/1から1カ月間は“毎日ブログ更新”を目標にちょっと頑張ってみようと思います。

この1カ月で書いてみたい内容はたくさんあって、
1. 留学
2. 就活
3. 将来
4. 大学生活
とかかなと思います。自分の経験を踏まえつつ、Tipsとかも入れていきたい。

こんな個人的な話、誰かがどこかで読んでくれているかもしれないし、読んでないかもしれないけど、書きたいから書く!!!

まずはどれを伝えるにあたっても必要になる現役・浪人生時代の話、
「なぜリケジョを選んだのか」というお話から。本日はPart2!
Part1はこちらからCheck it out☞

f:id:km_anastasia:20190703021653j:plain

 現役時代

音響の学べる大学を探し、受験した。
私立より国立が良いぞ!とよく高校の先生に言われていたのと、親の負担が減ればまあいいかな、という気持ちから、国立を第一志望にすることにした。その他も納得のいく大学、4大学しか受けなかった。

結果から言うと、落ちた。原因は明らかで圧倒的な勉強不足だった。浪人せざるを得なくなり浪人をすることにした。しかしこの時丁度父親の借金が発覚し、親からの援助は受けられないこととなった。この時は人生で2番目のどん底だった。泣きたくなるのを必死に抑えて無理な笑顔で卒業式に出たのを今でも覚えている。

浪人時代

掛け持ちのアルバイトをしながらの浪人生活が始まった。正直辛すぎる毎日だった。朝から昼過ぎ、晩はバイトをして、バイトとバイトの間の時間は個別塾に通うか自習をする、というルーティーン。最初のうちは大学への憧れに加え、初めてのアルバイトということもあり、それなりに楽しみながら続けられていた。しかし秋頃にはすでに体力的にも精神的にも限界を迎えていた。この時が人生で一番のどん底だった。親との関係も悪化していたので、相談相手と呼べる人はこのとき通っていた個別塾の先生しかいなかった。ちなみに彼はかなり理解のある方で、経済的な考慮などをしてくださりとにかくお世話になった恩師である。
そんな先生に向かって、ある授業の日に
「もう受験やめようかなと思います。専門学校でいいかな、って。」
と漏らした。すると、
「お前は大学に行くんだ。技術を作る人間になるんだ。」
と言われた。この時に気づいたのは、
専門学校=最新技術を扱う場所
大学=最新技術を作る場所
である、ということだった。専門学校は専門学校で良いところだと思う。ただ最新技術は作れない、それに気づくことができた。当時は辛くて辛くて、とりあえず受験をせずとも入れる専門学校に行って音響を学べばいいんじゃないか、と考えていたが大間違いだった。

この授業の後(その日だったかは定かではないが...)、先生から200円を渡された。「TSUTAYAに行ってこの200円で『コンタクト』という映画を借りて観ろ。」
そう言われた。そしてこの映画が私にとって転機になった。ジョディ―フォスター演じる女性研究者が主人公の映画なのだが、この映画のおかげで理系の女性であることのカッコよさに気づくことができた。私もこうなりたい!と思い、残りの浪人時代をやり過ごすことができた。(ちなみにこの映画の紹介は大学企画のプロジェクトページでも書きました。暇だったら読んでください。)

最終的にこの『コンタクト』というSF映画のおかげで、音響に限らず映像にも興味を持ったため、全体的に勉強できそうな情報学がよさそうだ!と思い、細かい専門学科を絞らずに入学できる国立大学2つを受験することにした。

こうして無事大学に入学でき、リケジョへの一歩を踏み出したのだった。

 

Part3へ続く

copyright© 2019-2019 KAM